RKB毎日放送

提供: Yourpedia
移動: 案内検索
画像提供依頼中です 画像提供依頼中:この項目「RKB毎日放送」は記事に即した画像の提供が依頼されています。
RKB毎日放送株式会社
RKB Mainichi Broadcasting Corporation
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 RKB
本社所在地 日本の旗 日本 814-8585
福岡県福岡市早良区百道浜二丁目3番8号
電話番号
設立 2015年平成27年)9月29日
(RKB毎日分割準備株式会社)
1951年昭和26年)6月29日創業)
業種 5250
事業内容 テレビジョン放送ラジオ放送
代表者 代表取締役会長 永守良孝
代表取締役社長 井上良次
資本金 1000万円(2015年9月29日時点)
売上高 連結 245億3800万円
単体 179億4600万円
総資産 連結 381億1900万円
単体 327億8200万円
従業員数 連結 656人、単体 221人
決算期 3月31日
主要株主 株式会社RKB毎日ホールディングス(100%)
主要子会社
関係する人物
外部リンク http://rkb.jp/[1]
特記事項:財務諸表は2011年3月期、従業員数は2011年平成23年)3月31日時点。
アナログ親局・IDともに毎日放送と同じ4ch。JNN系列のない佐賀県でも視聴者が多い。


創業当初の旧法人の社名は「株式会社ラジオ九州」。
1958年昭和33年)8月18日、西部毎日テレビジョン放送株式会社と合併し現社名に変更。2016年(平成28年)4月1日に認定放送持株会社移行に伴い現体制となる。

テンプレート:日本のラテ兼営局 RKB毎日放送株式会社(アール・ケー・ビーまいにちほうそう、RKB Mainichi Broadcasting Corporation)は、福岡県放送対象地域とした中波放送(AM放送)事業とテレビジョン放送事業を兼営している特定地上基幹放送事業者である。

旧法人時代の登記上の商号は「アール・ケー・ビー毎日放送株式会社」だったが、2009年平成21年)に変更した[2]

テレビ放送はJNN系列で、Gガイドの番組データの配信を行っている。かつては民放テレビ局がFNN/FNS系列局のみの佐賀県にもアナログGガイドの番組データの配信を対応していた[3]。コールサインはJOFR-DTVリモコンキーIDはアナログ親局の4chから「4」。

ラジオ放送についてはRKBラジオを参照。

概要[編集]

ネットワークは、テレビJNN、ラジオJRNに加盟。略称の「RKB」は1951年(昭和26年)の開局当初ラジオ九州Radio Kyushu Broadcasting)という局名だったことに由来する。その後、北九州市にあった西部毎日テレビジョン放送と合併した際に、略称RKBを継承して今日の局名となった。

ロゴマークについては、テレビ・ラジオで独自のものを導入する時期もあったが、2007年7月からは会社とテレビのロゴは「+rkb」に変更している。

夜間における緊急事態発生に備え、局アナ1人と制作・技術・報道部門のスタッフ数人が局に毎日交替で泊まり込む「宿直勤務制度」を実施している。

テレビのニュース名称:開局から1975年3月30日までは『RKB毎日ニュース JNN』、同年3月31日からは『JNNニュース』である。ローカルニュースの名称も『RKBニュースワイド』から、現在放送中の『今日感NEWS』と受け継いでいる。

ラジオのニュース名称:かつては『RKB毎日ニュース』という名称だったが、現在は『RKBラジオニュース』と『RKBヘッドライン』という二つの名称を交互に使用している。

韓国の独立系放送局だった京仁(きょんいん)放送仁川広域市)と姉妹提携関係を結んでいたが、同局が赤字経営から2005年1月1日に廃局となり、提携関係も消滅した。

2010年よりJリーグギラヴァンツ北九州リーグ公式戦の公式試合映像の製作をJリーグメディアプロモーションから、またその映像を使用したスカパー!Jリーグ中継の番組制作をスカパー!からそれぞれ受託、実況は原則RKBのスポーツ担当アナウンサーを派遣している。

当局のテレビにおいては2017年4月の改編以降、『はやドキ!』、『あさチャン!』、『ビビット』、『天神ウォッチ新聞女子』、『ひるおび!』、『今日感テレビ』、『Nスタ』と生放送番組が平日の午前5時から午後7時まで14時間連続して放送されている。それまでは午前10時台がドラマの再放送や通販番組などに当てられていたため、平日の午前11時から午後7時まで生放送番組が連続していた(昼前から夕方にかけて生放送が連続する事例としては、同じJNN系列のMBSや、NNN系列のSTVRAB(金曜のみ)・MMTSDTFBSKKTなども同様。かつてJNN系列ではOBSも同様であったが、現在は午後2時台に再放送枠がある)。

2016年4月1日西日本の民放では初めてで、全国の民放では7番目となる認定放送持株会社に移行、旧法人のRKB毎日放送株式会社は商号を「株式会社RKB毎日ホールディングス」に変更し、経営管理・不動産事業を除く現業全般(放送・文化事業など)を2015年9月29日に分割準備会社として設立された「RKB毎日分割準備株式会社」(2016年4月1日に新法人の『RKB毎日放送株式会社』に商号変更)が承継。TBS系列の放送局を子会社に持つ放送持株会社では東京放送ホールディングス(TBSHD)、中部日本放送(CBC)に次いで3番目で、在京キー局を除く地方局としてはCBCに次いで2番目となるが、TBSやCBCで行ったテレビ放送部門とラジオ放送部門の分社独立化は行わない。

事業所[編集]

沿革[編集]

ラジオ九州[編集]

西部毎日テレビジョン放送[編集]

  • 1957年昭和32年)10月6日 - 郵政大臣の指示により、毎日新聞系の西部毎日テレビがラジオ山口(現在の山口放送〔KRY〕)、北九州テレビ放送(産経新聞社系)と合体する事となる。テレビ予備免許取得。(コールサインJOGX-TV[4]、チャンネル8ch、映像出力1kW)
  • 1958年(昭和33年)3月19日 - 西部毎日テレビジョン放送、創立総会を開く(出資比率 西部毎日6:KRY3:北九州1。ただし、北九州側は合体を辞退)。

合併・RKB毎日放送[編集]

  • 1958年昭和33年)8月1日 - 株式会社ラジオ九州と西部毎日テレビジョン放送株式会社が合併しアール・ケー・ビー毎日放送株式会社となる。これに伴い、西部毎日テレビはRKB毎日放送関門テレビジョンとして開局(JOFO-TV[4] 8ch、映像1kW)。
  • 1959年(昭和34年)
    • 8月1日 - JNN(ジャパンニュースネットワーク)発足、加盟。
    • 9月1日 - 大牟田放送局本免許(JOFE、1560kc、40W)。
  • 1960年(昭和35年)2月1日 - KRT、CBC、ABCと四社連盟を結成。翌3月1日、HBCが加わり五社連盟に。1975年(昭和50年)3月31日、ABCが脱退しMBSが加盟。
  • 1961年(昭和36年) - 創立10周年を記念して、「RKBカークイズ」を実施。
  • 1962年(昭和37年)
  • 1963年(昭和38年)5月1日 - TBSがRKBテレビの月平均90時間(ゴールデンタイム中心)を買い取る業務協定を締結。
  • 1964年(昭和39年)
  • 1965年(昭和40年)5月2日 - JRN(ジャパンラジオネットワーク)発足、加盟。
  • 1966年(昭和41年)4月3日 - テレビカラー放送開始。
  • 1969年(昭和44年)
    • 3月1日 - 以後38年にわたり使用される、手書きの続け字調の旧ロゴ制定。
    使用を停止した現在でも、一部のマイクや放送機材、ラジオ・テレビの送信所・中継局の表札でも見かけられる。
  • 1972年(昭和47年)7月1日 - 福岡放送局ラジオ出力50kW増力。と同時に、現在の和白送信所に移転。電波の伝搬効率を向上させるため、鉄塔とアースを海上の浅瀬に設置している。局舎は鉄塔横の陸上に設置しており、高床式となっている。
  • 1976年(昭和51年)8月16日 - ラジオ終夜放送開始。『いすゞ歌うヘッドライト』、『こずえの深夜営業』(どちらもJRNラインネット)を、ネット開始した。
  • 1978年(昭和53年)11月23日 - 中波ラジオ周波数9kHzステップ変更により、現行周波数へ。
  • 1980年(昭和55年)3月30日 - テレビ音声多重放送開始(九州及び福岡地区ではFBSに次いで2番目)。RKB制作での第一号番組は、『家族そろって歌合戦』であった。[6]
  • 1991年平成3年)4月1日 - 在福局では初の夕方ワイド番組、『RKBワイド5』が放送開始。
  • 1992年(平成4年)4月1日 - 福岡放送局ラジオでAMステレオ放送開始。
  • 1993年(平成5年)6月 - 福岡テレビ送信所を渡辺通の本社(当時)から現社屋に近接する福岡タワーへ移転。移転後に取り外したスーパーターンスタイルアンテナの一部は、名古屋テレビ塔の展望室に展示されている。
  • 1996年(平成8年)7月1日 - 本社を福岡市中央区渡辺通4-1-10から現在地に移転。
    移転前日の最後の番組は、テレビは『ありがとう渡辺通』(VTR、出演者:中村基樹大村由紀子ら、『きょうもやっぱり基樹です』の出演者)。ラジオは『さよなら渡辺通』(生放送。当日は野球中継が延長されたが移転作業の都合上放送終了が延ばせなかったため、番組が予定より30分ほど短縮された)。
    移転当日は早朝の放送開始直後に中村基樹らが出演する特別番組が放送され、テレビの夕方ワイド番組『今日もやっぱり基樹です』で移転の様子や新社屋の内部が放送された。
  • 1998年(平成10年)2月2日 - 郵便番号7桁化に伴いRKBの私書箱郵便番号を「814-8585」に制定。
  • 2003年(平成15年)6月30日 - 在福局最長のTV大型情報番組『今日感テレビ』開始(以後今日まで枠大を続け、今日では放送時間日本最長のTVローカル情報番組へと成長)。
  • 2004年(平成16年)9月23日 - 渡辺通の旧本社跡地に商業施設BiVi福岡(びび-)オープン(BiVi福岡のビルにはRKBのロゴマークが付いている)。
  • 2006年(平成18年)
    • 3月1日 - アナログ・デジタル統合マスターへ更新(NEC製)。
    • 4月 - 同局のスポーツ記者らが大野城市内のホテルで女性に対して集団強姦やわいせつ目的の容疑で逮捕される。その記者は懲戒解雇処分に[7][8][9]
    • 5月1日 - 福岡地区で地上デジタル放送(ワンセグ含む)の試験放送開始。
    • 7月1日 - 福岡地区で地上デジタル放送開始。
  • 2007年(平成19年)7月1日 - テレビ開局50周年を機に、ロゴを「RKB」(手書きの続け字調)から「+rkb」に変更。色は+がピンクでrkbが黒。RKB部分は小文字。但し、公式文書で使われる略称は大文字のまま。
  • 2008年(平成20年) - テレビ開局50周年。テレビ開局50周年のキャッチコピーは、「テレビご自由年。RKB」。(番宣番組も4月より『ももピッ!』から半年間『テレビご自由年。RKB』に変わった。2015年(平成27年)3月までは、『デジももタイムズ』だったが、同年4月より『みて4 RKB』に変更。)
  • 2009年(平成21年)6月26日 - 登記社名をRKB毎日放送株式会社に変更。
  • 2010年(平成22年)
    • 5月30日 - この日を以て福岡本局で実施していたAMステレオ放送を終了。翌5月31日より従前のモノラルに戻す。
    • 7月4日 - アナログTV画面を強制レターボックス化(CM中を除き4:3SD画面時は上下に加え左右にも黒帯が入る額縁画面に)。これに伴い各番組テロップは16:9画面対応に。
  • 2011年(平成23年)
    • 7月24日 - この日を以て地上アナログ放送を終了。関門テレビ放送局が総務省の取り決めで本局以外は中継局に降格となるため「JOFO-TV」のテレビコールサイン返上[10]
    • 11月21日 - 福岡ソフトバンクホークスが日本一を決めた「コナミ日本シリーズ2011・第7戦」(福岡Yahoo! JAPANドーム)の平均視聴率が44.4%、瞬間最高視聴率は秋山幸二監督が胴上げされた瞬間の62.6%(22時07分)を記録した。なお、同じく福岡ソフトバンクホークスが日本一を決めた2014年(平成26年)10月30日の「SMBC日本シリーズ2014・第5戦」(福岡 ヤフオク!ドーム)の平均視聴率が北部九州地区で26.7%、瞬間最高視聴率は秋山監督の優勝インタビューが放送された瞬間の43.9%(22時17分)だった。[11]
  • 2012年(平成24年)8月25日 - 2か月間の長期設備点検のため、土曜・日曜のTBSニュースバードの放送を一時休止した(9月1日から10月27日までは土曜3時14分終了・5時14分開始、日曜は遅くとも3時4分終了となっていた。その後、同年11月3日に土日のニュースバードの放送を再開)。
  • 2015年(平成27年)9月2日 - KBCラジオとともにFM補完中継局の予備免許を受ける[12]
  • 2016年(平成28年)
    • 3月28日 - FM補完中継局の本放送開始[13]。なお、このFM開局を記念し、KBCラジオと共同制作で『熱ラジ!』を2局同時生放送[14]
    • 4月1日 - 在福局で初、全国でも7番目となる認定放送持株会社体制へ移行[15][16]
    • 9月2日 - RKBラジオは、福岡・佐賀・長崎の北部九州および山口各県のコミュニティーFM計11局[17]と災害時に情報を相互に融通する連絡網となる「北部九州・山口災害情報パートナーシップ」を締結し、この日よりスタート。なお各社は災害時、RKBがまとめた災害の総合的な情報と、各FM局が現地の被害状況を伝える生の声を補完し合うこととしている[18][19]
  • 2018年(平成30年)
    • 6月18日 - RKBラジオ福岡送信所にトラブルが発生し、午前9時35分ごろからラジオ放送が停波する事態となった(AM1278kHzのみ。ワイドFM・radiko等では聴取可能)同日午後5時25分ごろに完全復旧[20]

ネットワークと放送エリア[編集]

  • 山口放送との関係 - 1953年(昭和28年)3月26日に山口県防府市に防府中継局を設置する免許申請を行ったが、ラジオ山口(KRY)の周南放送局開局申請との競願となった。その後、山口県知事の斡旋でKRYはRKBと業務協定を行う事となり、RKBは申請を取り下げたが結局、業務協定は実現しなかった。
    関門地区のテレビ免許でもRKBとKRYは競願の末、両社で西部毎日テレビジョン放送を設立。RKBがこれを合併した事で、一時KRYがRKBの経営に携わっていた時期があった。
    1982年(昭和57年)9月、RKBはTBSの意向を受けKRYのJRN加盟を承諾。
  • KNSネット - 1954年(昭和29年)5月1日よりラジオ長崎、ラジオ佐世保(共に現在の長崎放送(NBC))との間で、両局がローカル番組を除きRKB番組をそのまま放送する業務協定を行い、1958年一杯まで継続した。略称は、当時の放送局名(ラジオ九州=Radio Kyushu、ラジオ長崎=Radio Nagasaki、ラジオ佐世保=Radio Sasebo)の頭文字から取ったものである。
  • FOLネット - 1955年(昭和30年)ニッポン放送 (JOLF)、新日本放送(NJB。現在の毎日放送(MBS))とラジオスポーツ番組のラインネットワークを結ぶ。ラジオ中国(現在の中国放送(RCC))等の協力を得て1962年まで継続した。FOLとは、各局のコールサイン(RKBのJOFR、MBSのJOOR、LFのJOLF)から取ったものである。
  • 幻の唐津進出 - 1958年(昭和33年)7月15日、佐賀県唐津市にラジオ放送局の免許を申請したが、却下されている。
  • テレビネットの変遷 - テレビ放送開始当時は、ラジオ東京日本テレビ(NTV)から内容の優れた番組を自由にネットした。(いわゆるオープンネット状態)
    1958年(昭和33年)8月、テレビ西日本(TNC)の開局でNTV系列の番組が大幅に同局へ移行。1960年(昭和35年)2月1日、「四社連盟」(現在の「五社連盟」)の結成に伴い、KRT系列番組を編成の基本とする。
    1961年(昭和36年)4月、それまで九州朝日放送(KBC)で放送されていた日本教育テレビ(NET。現在のテレビ朝日(EX))の学校放送がRKBに移行。これを契機にNET系列番組のネットが増え、全放送時間の3割までを占めるに至る。
    1964年(昭和39年)10月、TNCがフジテレビジョン(CX)系列に、KBCがNET系列にそれぞれ移行し、学校放送以外のNET系列番組が姿を消す。一方、この一件で福岡地区での日本テレビ系列局が喪失した事から、NTV系列番組が復活。サス枠(いわゆる放送中断の時間帯)が埋まったことで念願のテレビ全日放送の実施が可能となった。
    1969年(昭和44年)4月、福岡放送(FBS)の開局に伴い、NTV番組が同局に移行。名実ともにJNN系列のマストバイ局・基幹局となって現在に至る。
    ニュースネットは1958年にKRTと協定を結んで以来、KRT=TBS=JNN系列となっている。
  • FBS開局の背景 - 関門地区テレビ免許競願調整の際、毎日新聞系の西部毎日テレビジョン放送はRKBと、朝日新聞系のTNCはKBCとそれぞれ合併する事を条件に免許が与えられた。
    西部毎日テレビジョン放送は開局までにRKBと合併したが、TNCは結局KBCと合併しなかった。寧ろTNCは別の意味でKBCと手を結び、1962年に関門限定のTNCが福岡に、福岡限定のKBCが北九州にそれぞれ進出して、両地区を押さえていたRKBの強力なライバルとなった。
    収まらない当時の西部毎日関係者(九州電力系など)は、新規にテレビ局開設を計画。これに九州に進出して間もない読売新聞やネット局を失ったNTVが合流。FBS開局に繋がった。
  • ラジオニュース - 1953年(昭和28年)9月1日には、それまでの『毎日新聞ニュース』(後のRKB毎日ニュース)に加え、『西日本新聞ニュース』も放送するようになった。
    1967年(昭和42年)2月、定時ニュースは、北九州市の毎日新聞西部本社に設置したニューススタジオから放送する事となり、RKB報道部と毎日新聞社の共同制作に変更された。この他、西日本新聞社からは別途地域生活情報の提供を受ける事となった。
    1970年(昭和45年)10月、RKBのラジオニュースは、すべて福岡のRKB報道部で制作される事となり、現在に至る。
  • エリア外の進出 - 1954年(昭和29年)、東京支社にラジオスタジオが完成し、ニュースやドラマなど一部のRKB番組が制作された。当時の経営陣はこのスタジオの有効活用を図り、同じ毎日新聞系列のラジオ福島(rfc)に対し、一時期このスタジオで制作された毎日新聞ニュースの同時ネットを行った。
    また、このスタジオを使用して神奈川県域でラジオ放送局免許を取得し、関東地方に放送局を設置する計画があったが、競願の末ラジオ関東(JORF。現在のラジオ日本)に一本化され、結局RKBは関東進出を果たせずに終わってしまった。ただしラジオ関東は1977年12月まで毎日新聞のニュースを放送していた。

テレビネットワークの移り変わり[編集]

社史・記念誌[編集]

RKBでは、以下の5冊を発行している(2011年12月時点)。

  • 放送十年 RKB毎日社史(RKB毎日放送・編) 1962年10月発行、全226ページ。
  • 放送20年 RKB毎日放送社史(RKB毎日放送株式会社社史編纂委員会・編集) 1973年発行、全396ページ。
  • 放送この十年 RKB毎日放送創立30周年記念(RKB毎日放送株式会社社史編纂小委員会・編集) 1981年発行、全202ページ。
  • RKB30~40年 多メディア時代への挑戦(RKB毎日放送株式会社社史編纂小委員会・編) 1991年12月発行、 全303ページ。
  • 九州・福岡RKB放送史事典 RKB毎日放送創立50年記念(RKB毎日放送株式会社50年史編纂委員会・編纂) 2001年12月発行、全569ページ。
  • RKB50~60年史 アナログからデジタルへ(RKB毎日放送株式会社60周年社史編纂委員会・編纂) 2011年12月発行、全398ページ。

本局及び中継局一覧[編集]

主な局名と周波数またはチャンネルコールサインおよび出力。

ラジオ[編集]

RKBラジオ#基本データを参照。

テレビ[編集]

リモコンキーID[編集]

リモコンキーIDは「4」。福岡アナログ親局の4chから由来している。JNN系列準キー局の大阪MBSも同様の理由で「4」が使われる[21]

この影響で、本来は「4」が割り当てられるはずだったNNN/NNS系列のFBSSTVと同じく「5[22]が割り当てられた。

MBS・RKB以外のJNN系列局のリモコンキーIDはHBCTBCMBCが「1」、RCCtysNBCRKKOBSRBCが「3」、CBCが「5」、その他16局はTBSキー局)・IBCMROのアナログ放送チャンネルと同じ「6」が使用される。在福民放で「6」は他系列を含めどの局も使用していない(九州・沖縄で他系列を含め「6」を使用する局はMRTのみ)。

送信所[編集]

  • 呼出符号:JOFR-DTV
  • 呼出名称:RKBまいにちデジタルテレビジョン
チャンネルの前にvがつく局は垂直偏波
局名 チャンネル 空中線電力
福岡局 30ch 3kW
関門局 30ch 1kW
久留米局 30ch 30W
大牟田局 30ch 10W
行橋局 v30ch 10W
宗像局 24ch 21W
糸島局 v30ch 30W
太宰府局 v30ch 1w
吉田局 14ch 1w
鞍手局 v30ch 1w
苅田局 v24ch 1w
筑前山田局 30ch 1w
後藤寺局 30ch 1w
宝珠山局 49ch 1w
須恵局 30ch 1w
  • 「北九州局」ではなく「関門局」の名称が使われているのは、今のRKB発足の際の経緯に由来する。
  • 送信施設は他の民放とともにKBC九州朝日放送の設備を共用。

アナログ放送[編集]

2011年7月24日停波時点

  • 福岡局 4ch JOFR-TV 10kW 呼出名称:RKBまいにちふくおかテレビジョン
    • 久留米局 48ch 300W
    • 大牟田局 61ch 100W
    • 宗像局 49ch 30W
  • 関門局 8ch[23]JOFO-TV 1kW 呼出名称:RKBまいにちかんもんテレビジョン

RKBテレビ・ラジオのサービスエリア外視聴[編集]

  • テレビ・ラジオ共に佐賀県全域に電波が飛んでおり、区域外ながらも佐賀県での視聴者はかなり多い(元々民放TVがFNN系列のサガテレビしか無い為、佐賀県内ケーブルテレビ各社は当局を含む在福TV局再送信を実施。ラジオではRKB同様にJRN加盟のNBCラジオ佐賀がある)。
  • 福岡県外におけるRKBテレビ・ラジオ直接受信可能エリアは佐賀県のほぼ全域と山口県西部(下関 - 宇部付近の周防灘沿岸部、本来の系列局はtys)、長崎県有明海沿岸部、壱岐、対馬(本来の系列局はNBC)、大分県北西部(中津 - 宇佐・日田付近の平野部、国東半島の周防灘沿岸部、本来の系列局はOBS)、熊本県北部(熊本市以北、本来の系列局はRKK)、愛媛県の一部地域(本来の系列局はITV)。
  • TBS系列局の無い佐賀県で本局を受信される場合はそのまま4chでプリセットされる。大分県・長崎県・熊本県・山口県で本局を受信される場合、「4」はそれぞれ地元局(テレビ大分長崎国際テレビ熊本県民テレビ山口放送)に設定されるため041・042の後に枝番が付き、リモコンキーの「6」か「9」以降でプリセットされる。※在福民放局RKBを含め5局は、有明海沿岸地域や周防灘沿岸地域でも受信出来る世帯が多い。

ケーブルテレビ再送信局[編集]

以下のケーブルテレビではRKBテレビが再送信されている。なお地上デジタル放送は日本民間放送連盟区域外再放送を禁止しており、デジタル放送再送信特例地域以外への再送信は原則不可であるとされていた。2011年7月24日のテレビ放送のデジタル転換により、地元にTBS系の局がある地域を中心に順次再送信が取り止められることになっていた。佐賀県はデジタル放送再送信特例地域として位置付けられ、地元にTBS系列もなく民放も1社しかないため、RKB側が地上デジタル放送においての区域外再放送に同意した。大分県の場合は、OCT・OCN・CTB・CTSが2007年4月に大臣裁定を申請して、同年8月に再送信許可が総務大臣から出されて9月より再送信を実施、2008年7月にはRKB側も再送信に同意していたが、2015年2月2日にCTBが再放送継続協議が整わず再送信を終了。残る3局も同じ理由で2016年3月31日に再送信を終了した。KCVと豊後高田の場合は大臣裁定が出されず、RKB側も地元局も再送信を容認している。山口県のケーブルネット下関についてはもともとアナログ時代から同社の配信エリアに電波が届いており(一部地域を除く)、デジタル化後も再送信を継続。しかし同県内の他のケーブルテレビ局(山口ケーブルビジョンなど)では、デジタル化に伴い再送信が打ち切られた。長崎県では地域によって対応が分かれ、紆余曲折を経て有明海沿岸・壱岐・対馬の各業者が再送信を実施している。

※ 特例地域 徳島県佐賀県 ※ 太字はデジタル波再送信実施局

その他[編集]

デジタルTVは、福岡・関門・久留米・大牟田は開局当初は当面定格の1% - 10%の出力で放送(福岡局は久留米局の開始とともに定格出力となった)、宗像は試験放送中にアナログ放送に障害が発生したため試験途中から2Wに減力(開局でフルパワーとなった)[1]。行橋は当初からフルパワーで放送

デジタルのみ、画面右上に「+rkb」のウォーターマークが出る(2007年6月までは「RKB」の表示だった)。CM中は消去するが、ネット受け番組はCM開始の1秒前から消去する。

RKB毎日放送の社屋の隣にはFNN/FNS系列のテレビ西日本の社屋がある。

基本的には24時間放送[24]だが、不定期で放送機器のメンテナンスのため放送を休止することがある。かつては毎年8月から9月にかけて土日深夜のニュースバードを休止してメンテナンスを行うことがあった。

新聞のテレビ欄の表示名[編集]

  • 毎日新聞が「RKB毎日」と記載するほかは、「RKB〔毎日〕」または「RKB〔RKB毎日〕」と表示する(中国新聞山口県版、読売新聞〔テレビのみ〕、産経新聞九州・山口特別版も毎日新聞と同様「RKB毎日」と表記。アナログ放送時代は、九州と北海道のテレビ欄で略称表記が主となっていた)。
    • RKBの番組でも「毎日放送」はあまり使用されておらず「RKB」または「RKB毎日」[25]呼称が広く使われている。しかし、2006年12月1日の全国一斉地上デジタルテレビジョン放送の開始に伴う紙面刷新で、毎日新聞も福岡県版のみ「RKB〔毎日〕」の表記に切り替わった。ただし、ラジオ欄は従来どおり「RKB毎日」の表記である。日本経済新聞は2009年4月から「毎日 RKB」として表記されている(ラジオは今まで通り「RKB毎日」と表記)。西日本新聞朝日新聞は2010年4月1日からテレビ・ラジオとも「RKB〔RKB毎日〕」と表記され、西日本新聞は2011年7月24日からテレビのみ「RKB〔RKB毎日放送〕」と表記されている。
    • 産経新聞では、2009年9月30日付までは、慣例により産経直系のFNSであるテレビ西日本を民放の一番手にしていたが、同年10月1日付からの九州・山口特別版創刊後は、毎日新聞西部本社に紙面印刷を委託していることに配慮して、毎日新聞同様、RKBを民放の一番手(TNCはその次)に載せるようにした。
  • なお、RKB毎日放送と系列局である毎日放送 (MBS) は別会社であるが資本関係があり(MBSが筆頭株主)、健康保険組合を共有したり、地上アナログ放送親局チャンネルと地上デジタル放送リモコンキーIDが同じ「4」だったりするなど姉妹会社の関係にある。このため、MBS製作番組がRKBで放送されたり、逆にRKB制作の番組がMBSで放送されることもある。また、腸捻転時代にMBSが経営難に陥っていた東京12チャンネル(現・テレビ東京)の経営再建を支援していた関係[26]で、TVQ開局の前年(1990年3月)までRKBではテレビ東京制作の番組が数多く番販ネットされていた。
  • 地デジの番組表(Gガイド)では、「RKB毎日放送」と表記している。

番組[編集]

ラジオ番組[編集]

現在放送中の番組や過去に放送した番組、ネット番組などはRKBラジオ#番組を参照。

自社制作番組[編集]

太字の番組はJNN西部ブロック(九州・沖縄・山口各県)向けの番組としてRKBを基幹(キー)局とする共同製作。

報道
情報・ワイドショー
バラエティ
ドラマ
  • 金曜劇場(土曜(金曜深夜) 2:55 - 3:55) - 深夜映画→ドラマ再放送
教養・ドキュメンタリー
スポーツ
  • SAMURAI BASEBALL HAWKS Live - 福岡ソフトバンクホークス戦中継
  • 別府大分毎日マラソン(毎年2月第1日曜 11:43 - 14:24 RKB・OBS共同制作 - 11:43 - 11:50(直前番組)はRKBのみ放送、11:50 - 14:24はJNN全国ネット)
  • クロスカントリー日本選手権(RKB製作-JNN全国ネット)- 「福岡国際クロスカントリー大会」時代より放送
  • ほけんの窓口レディース(RKB制作-JNN全国ネット)- 2004年までは九州ブロックネット、2005年より全国ネット昇格
    • 2000年から2009年まではヴァーナルレディース、2010年から2012年まではフンドーキンレディースだった。
民教協制作テレビ番組

TBS・系列局(JNN)制作の時差ネット番組[編集]

バラエティ
アニメ
単発特別番組枠
  • 水トク!(土曜、日曜 昼間に放送、約2か月遅れ[27]

過去に放送していた自社制作番組[編集]

過去に放送していた番組[編集]

FBS開局まで放送されていた日本テレビ系の番組[編集]

腸捻転時代にネットされていた朝日放送の番組[編集]

★はKBCに移行した番組。
☆はそのうち現在もKBCで放送中の番組。

ほか。

腸捻転解消でKBC・TNCから移行した毎日放送の番組[編集]

☆=KBCから移行、●=TNCから移行

なお、『ヤングおー!おー!』は腸捻転解消前からRKBにネットされていた。関東地区では東京12チャンネル(現・テレビ東京)でネットされていた為の番組販売扱いで、腸捻転時代はMBSとは1週遅れで放送されていたが、腸捻転解消後から最終回まではTBS系番組扱いとして同時ネットで放送された。なお、NET(現・テレビ朝日)に同時ネットされていた期間(1969.7 - 1969.9)およびその後の数年間(1週遅れの土曜午後枠)はKBCが放送していた。
また、『キリンものしりシリーズ』も腸捻転解消前からKBCではなくRKBでの放送だった上、腸捻転時代は地場企業の徳島水産(現:トクスイコーポレーション)の提供[29]。だったスポンサーが、腸捻転解消後はキー局と同じキリンに戻った。

ブロックネット[編集]

TVQ開局まで放送されていたテレビ東京系の番組[編集]

深夜アニメ[編集]

(※UHFアニメのみ)

TBS・MBSなどJNN系列のアニメに関してはTBS系アニメを参照。

上記以外の過去の放送番組[編集]

テレビアニメに関して[編集]

主な受賞作品[編集]

文化庁芸術祭賞[編集]

  • 2002年度テレビ部門大賞
    • 炭鉱美人~闇を灯す女たち~
  • 2008年度テレビ部門優秀賞
    • 母は闘う~薬害肝炎訴訟原告 ~山口美智子の20年~

スタジオ[編集]

テレビスタジオ[編集]

  • T-1スタジオ(120坪 汎用)地下1階 今日感テレビ 探検!九州 豆ごはん 中継番組の受けサブ
  • T-2スタジオ(65坪)1階 今日感ニュース
  • ニューススタジオ 1階報道センター内 スポットニュース用顔出しブース ウォッチ@24

ラジオスタジオ[編集]

  • R-Aスタジオ 1階 生ワイド用 ガラス張りでロビーから見学可 ライブカメラでHPに公開
  • R-Bスタジオ 2階 生ワイド用
  • R-Cスタジオ 2階
  • R-Dスタジオ 2階 録音用
  • また、1階報道センター内にラジオニュース用アナウンスブースがある

サテライトスタジオ[編集]

アナウンサー[編集]

現時点[編集]

報道制作センターアナウンス部所属。※は福岡県出身。新人アナウンサーの井口以外の全員がアナウンススクール講師兼務。

元アナウンサー[編集]

男性
女性
アナウンサー以外

オープニング・クロージング[編集]

クロージング映像→黒色画面→停波(サンドストーム)→旧チェックパターン・カラーバー(前半は信号音、後半は音楽が流れる。)→オープニング映像

テレビ開局 - 1970年代中頃(初期はモノクロフィルム、後にカラーフィルムに変更)
  • 福岡県花の梅を模った県章や「8」「4」という数字を、一筆書きの紐状のオブジェ(実写ではない)がニョロニョロと描き、合間に「未来を開く明るい放送」が表示されていた。
  • また放送局・中継局の紹介テロップは「JOFR-TV 4ch RKB毎日放送福岡テレビジョン」と「JOFO-TV 8ch RKB毎日放送関門テレビジョン」と大きく書き、主要な中継局の所在地とチャンネル(後ろに▲が表示)をそれぞれの管轄地域ごとに表示していた。
  • またオープニングで使用していたBGMは、ワイドFM開始までラジオのオープニングで使われていた(ラジオのエンディングではそのおやすみソング風のアレンジ版を使用)。前半はバイオリン、後半はハープで演奏されていた。
  • オープニングのラストには、『きょうも RKBテレビでお楽しみ下さい』というテロップを出していた(RKBテレビの部分が手書き調の書体)。これは、1世代後のマイナーチェンジ版も同様。
  • 基本的には、映像は1世代後のマイナーチェンジ版と同じ。
1970年代後半 - 1992年9月30日

映像は1世代前のマイナーチェンジ版で、RKBのロゴをスキャニメイトでアレンジしたもの。BGMはOPED共にファンファーレ調のものを使用。エンディングはそのおやすみ風のものを使用。音楽は当時のRKBラジオでも使用していた。

  • オープニング(60秒)
    • 映像の流れは、「ニョロニョロ模様を背景にRKBのロゴが上から下に光る(縞模様で出てロゴを塗りつぶした)」→「ブルーバックに変化し、ロゴがマーブリング」→「ロゴだらけの背景(「未来をひらく明るい放送」のロールテロップが表示)」→「再びマーブリング(その時、梅をかたどった県章や「8」「4」という数字がニョロニョロと描いていた)」→「RKBのロゴに変化し、それがズームアウト」→「ブルーバックに放送局・中継局の紹介」→「新映像の福岡県の地図を背景に今日の月日と曜日が表示」→「1世代前の福岡県の地図の画像を背景に・きょうもRKBテレビでお楽しみ下さいと表示」、ここで番組進行開始。
    • 最後に女性アナの声で「おはようございます。RKBテレビ、ただいまから放送を開始いたします。今日も一日、RKBの楽しい番組で、お楽しみ下さい」とアナウンスされていた。
    • 映像中の福岡県地図は中に虹が描かれていた。また、ラストには『○月○日○曜日』→『・きょうもRKBテレビでお楽しみ下さい』というテロップを出していた(1世代前と同様RKBテレビの部分が手書き調の書体)。
  • クロージング(60秒)
    • 映像の流れは、「ニョロニョロ模様がズームイン」→「海を背景に、7回水流が左へ流れる(1回流れた後、それを背景に放送局・中継局の紹介)」→「ニョロニョロ模様を背景にRKBのロゴが上から下に光る(縞模様で出てそれを塗りつぶした)」→「ブルーバックに変化し、ロゴが「8」「4」の数字状にマーブリング(あすもRKBテレビでお楽しみ下さいが表示)」→「ロゴだらけの背景(「未来をひらく明るい放送」のロールテロップが表示)」→「再びマーブリング(そのとき、梅をかたどった県章や「8」「4」という数字がニョロニョロと描いていた)」→「RKBのロゴに変化。それがズームアウトした後、画面がブラックアウト
    • 最後に女性アナの声で「大変遅くまでご覧いただいたRKBテレビ、今日の放送はこれで終わりました。どなた様も火の元・戸締りをお確かめの上、ごゆっくりお休み下さい。明日もまたRKBテレビでお楽しみ下さい」とアナウンスされていた。
1992年10月1日 - 2006年6月30日

福岡タワーの完成を機に全面変更。CG制作。BGMはオープニング・クロージング別。新しくアイキャッチサウンドを取り入れた。

また、オープニング・クロージング共に主要な中継局の案内をした後「など・・・・・・68の放送所からお送りしております」と表示されていた。ラスト部分は、BGMがオープニング・クロージング共通で、でんぐり返りしながら『きょうも あすもRKBテレビで(左から右に動く。表示位置は上)お楽しみ下さい(右から左に動く。表示位置は下)』のテロップが表示されていた。

  • オープニング(60秒)
    • 映像の流れは、「ホワイトバックに手書き調の書体でRKBロゴ(青色)を書くアニメーション」→「空撮の福岡タワーに沿ってを回りながら、塔頂部から下へ降りるCG(途中でRKBロゴ入りの紙飛行機が登場)」→「紙飛行機を飛びながら福岡県内の空撮映像が映る(流れは玄界灘福岡天神関門海峡)」→「出航する飛行機(このとき、飛行機の効果音のような音が出る)」→「青空をバックにした福岡タワーのCG(左に「福岡(上)4ch(下)」、右に「関門(上)8ch(下)」と表示)」→「BGMが変わり、左半分に福岡県内の風景(流れは、博多祇園山笠佐賀バルーンフェスタ柳川市→中国風の船→スペースワールド(現在は閉園))、真ん中に福岡タワーのCG、右半分に朝の空と野原のCG(周波数案内をする部分も)」→「ホワイトバックにきょうもRKBテレビでお楽しみ下さいと表示」、ここで番組進行開始。
    • 24時間放送がスタートしてからは、前日放送終了時のみになった。
  • クロージング(60秒)
    • 映像の流れは、「前半はOP映像と同じ(ただし、飛行機のような効果音は出ない)」→「渦巻き雲をバックにした福岡タワーのCG(左に「福岡(上)4ch(下)」、右に「関門(上)8ch(下)」と表示)」→「福岡タワーのCGをバックに昼から夕焼け(渦巻き雲)そして夜が更ける(渦巻き雲が消え、キラキラ星が円状に回る)。そのとき主要な中継局の周波数案内」→「夜更けの福岡タワーのCGをバックにあすもRKBテレビでお楽しみ下さいと表示」→黒色画面
    • 24時間放送がスタートと同時にフィラー放送が始まって以降は、放送しないときもあった。
    • 2003年頃にJNNニュースバードの放送が開始してからは、5秒版のジャンクション(「ひきつづきJNNニュースバードをお送りします」と表示)の放送になった。また、放送休止時に流れる60秒版映像のラスト部分の表示字幕が「RKBのロゴ(青色)がズームインするもの」に変更となった。
2006年7月1日 - 2012年8月
デジタル放送の開始に伴い変更された。
  • デジタルオープニング(30秒・放送休止明けの月曜放送開始時のみ)…針がぐるぐる動いているアンティーク調のアナログ時計を合成した、過去50年のRKBのモノクロニュース映像がまず流れ、それらの映像がフィルム状になった所で、旧ロゴの影が出る。フィルム状になったニュース映像が無数の写真になって一ヶ所に集められた所で、旧ロゴの影が放送時のロゴに変化して、この場面から福岡県内の季節の映像がカラー・ハイビジョンで流れ、高速で移り変わる。博多祇園山笠の山追いが登場し、湧き水と柳川の水車が出てくると、青抜きの「DIGITAL」CG文字が1つずつ右回転で浮かび上がり、映像が麦畑に切り替わると全ての文字が完成する。玄界灘を航行する漁船の群れを空撮で追う場面で、「DIGITAL」の上にゴシック体の「4」が登場、福岡市内の空撮映像が出てきた所で、最後に放送時のロゴが再び登場し、その下に「DIGITAL 4」と黒文字で表示される。コールサインや中継局案内などは一切表示されない。デジタル開始1年後ロゴ変更により一部改作。(ただし、シメの所だけ社章の転生描写が加わる。)
  • ジャンクション(火 - 日曜日・日曜日に終夜放送を行なったときの翌月曜日を含む)・クロージング…マスコットキャラクターである「ももピッ!」を描いた一枚絵が出るのみであり、「きょうもRKBテレビでお楽しみ下さい」(開始時)、「本日の放送はこれで終了させていただきます。おやすみなさい…。」(終了時)とのコメントが上部に書かれている(現在は終了後もTBSニュースバードが放送されていることから、事実上「放送終了」が無いため)。

なおアナログ放送最晩期は、地上アナログ放送終了告知画面(30秒間、BGM、アナウンス付き)に続けてジャンクション画を放送した。

2012年9月 -
自局マスコットキャラクターのオープニング・クロージングを初めて使用。


  • OPはももピッ!が副調整室で放送業務を行う映像、EDはももピッ!が同じ場所で放送業務を終える映像となった。なお、EDのみコールサインを表示している(読み上げあり)。

アナログ放送停波時[編集]

2011年7月24日、アナログ放送停波にあたり、23時55分過ぎからRKBテレビと福岡県の歴史を振り返るクロージングが3分にわたり放送された。およその流れと取り上げられた映像は以下の通りで、この特別クロージング放送については当日の毎日新聞西部版朝刊のアナログ放送終了に関する記事で予告されていた[33]。ナレーションは放送当時のアナウンス部長であった安田瑞代。ラストコメントは、横スクロールテロップと同時に進行した。(太文字フォント)

# 出来事 映像 ナレーション・テロップ
ここからモノクロ映像
1 「ラジオ九州」として渡辺通放送会館からテレビジョン放送開始(1958年3月) 開局当時の渡辺通り本社空撮
開局間もない頃のテレビマスター
開局間もない頃のテレビカメラ東芝製、JOFR-TV・RKBの初期ロゴあり)
2 博多どんたく 松囃子(新天町のぼりがある)
西鉄福岡市内線花電車(路面電車全廃後の現在はバスベースの自動車に移行)
3 博多祇園山笠 1960年の二番山笠中洲流(この年実況放送を開始したのはKBCで、RKBのスタートはその2年後[34]
4 プロ野球西鉄ライオンズ三年連続日本一(1958年開局の年) 平和台球場での試合の様子
三原脩監督の胴上げ
日本シリーズ三連覇達成記念パレード
5 ツイストダンスブーム(1960年代前半) ダンスホールでドラム演奏にあわせ踊る男女
6 東京オリンピック聖火リレー(1964年9月)
7 三池工高夏の甲子園全国制覇(1965年8月22日) 阪神甲子園球場での優勝行進
学校の体育館で人々が沸き立つ映像
8 九州大学学園紛争(1968年)
ここからカラーフィルム
9 よど号ハイジャック事件(1970年3月31日〜4月) 当時の板付空港(福岡空港)へ着陸するよど号
板付空港へ向かう機動隊
よど号のタラップから降りる乗客
10 第1次オイルショック(1973年〜74年) トイレットペーパーを求める客で混乱するスーパーマーケット
デモ行進における「物価値上反対」のプラカード
11 関門橋開通(1973年11月14日)
12 新幹線、九州へ(1975年3月10日) 博多駅山陽新幹線ホームでのテープカット
動き出す0系車両
13 筥崎宮の玉せせり
14 戸畑祇園大山笠
15 福岡大渇水(1978年〜79年) 干上がるダム
水を満たしたごみバケツを運ぶ市民
ここからVTR映像
16 九州初の地下鉄開業(1981年7月26日) 福岡市営地下鉄空港線(当時の1号線天神-室見間)を走った一番電車に乗り込む乗客
室見駅を出発する一番電車
17 奥田八二革新県政誕生(1983年4月10日選挙実施)
18 キャナルシティ博多空撮(1996年4月20日開業)
19 JR九州高速船BEETLE2(1991年3月25日釜山航路就航)
20 RKBがNHK福岡放送局と共にホストステーションとなったユニバーシアード福岡大会(1995年8月23日〜9月3日) 福岡ドームでの開会式
福岡国際センターでの柔道
マリンメッセ福岡での新体操
昭和33年の放送開始以来ご覧頂きました、RKBアナログテレビ放送は、まもなく終了いたします。
53年間の長きに渡り御視聴いただき、ありがとうございました。
21 百道浜福岡タワー横に移転(1996年7月1日) 落成当時の百道浜放送会館外景(局名ロゴは1代前のもの)
移転後最初の番組に向け準備が進められるテレビ副調整室
マスター火入れ式
22 福岡タワーおよび百道浜放送会館の空撮 JOFR-TV RKB毎日ふくおかテレビジョン
23 暗転の後、停波
  • ナレーションの句点の切り方はテロップとは異なった。
  • BGMは葉加瀬太郎「The Cozy Bench」(アルバム「EMOTIONISM」M12)。
  • なお同じ内容のVTRと、当時の社長である永守良孝会長が福岡タワー内の送信機室においてアナログ送信機の電源スイッチを切る場面が、翌日夕方の『今日感NEWS』内で放映された。停波時の送信機室の様子は西日本新聞にも掲載されていた。これは本社の隣に送信所があったからこそできたものである。
  • なお、RKB毎日関門テレビジョンのコールサイン(JOFO-TV)は表示されなかった。これは、本社・送信所の位置を明確にするため。

脚注[編集]

  1. 現在は、http://www.rkb.jp/でもリダイレクトされる。2002年まではrkb.co.jpは無関係のサイトであった。
  2. 2002年商法改正によりローマ字商号が解禁になった事から実現した。
  3. このようなかつてJNN系列局が同系列局が存在しない地域へのアナログGガイドの番組データの配信を対応していた局はこちらの項を参照。
  4. 4.0 4.1 JOGXのコールサインは、同じJNN系列である中部日本放送が、ラジオ局の分社化に伴う免許承継のため、2013年4月1日よりCBCテレビのデジタルテレビジョン放送(JOGX-DTV)で使用する。
  5. 新聞協会賞受賞作
  6. この回のみステレオ放送で制作された。また、当日夕方には、記念特番も放送された。
  7. 「山に埋めるぞ」女子高生に乱暴、RKB記者ら逮捕
  8. 女高生集団強姦で記者逮捕 福岡の民放解雇
  9. RKB毎日放送、社長が陳謝 記者逮捕で本社捜索も
  10. 但し「JOFO」はラジオの北九州放送局のコールサインとして存続する。
  11. ホークス日本一、福岡でセール 視聴率は26.7% - 朝日新聞デジタル(2014年10月31日15時57分配信)
  12. 福岡県、熊本県及び宮崎県内における災害対策及び中波ラジオ難聴地域の一部解消に向けて-中波ラジオ放送のFM方式による補完中継局に予備免許を付与- - 総務省九州総合通信局・報道資料(2015年9月2日)
  13. ワイドFM「FMでもRKBラジオ」
  14. ワイドFM開局記念 RKB・KBC共同イベント『熱ラジ!』
  15. 認定放送持株会社体制への移行並びに吸収分割契約の締結および子会社(分割準備会社)の設立に関するお知らせ - IRリリース(2015年9月29日)
  16. 認定放送持株会社の認定等 - 総務省情報流通行政局・報道資料(2016年3月23日)
  17. FMたんと(福岡県大牟田市)・AIR STATION HIBIKI(北九州市)・えびすFM(佐賀市)・FM KITAQ(北九州市)・FM八女(福岡県八女市)・壱岐エフエム(長崎県壱岐市)・ドリームスエフエム(福岡県久留米市)・カモンエフエム(山口県下関市)・スターコーンFM(福岡県築上町)・エフエム諫早(長崎県諫早市)・コミュニティラジオ天神(福岡市)、以上11社
  18. 協定:災害情報、リポート共有 RKBと地域FM11局毎日新聞 2016年9月2日
  19. 連携協定:災害時の地域情報、ラジオ局が融通 RKB×11コミュニティーFM 熊本地震教訓、現地の声など提供毎日新聞 2016年9月18日
  20. RKB福岡ラジオ送信所の停波発生について
  21. 地デジの「4」は全国23局で使用されるがJNNとしては本局とMBSのみである。ちなみに他の地デジの「4」の局は、全てNNN/NNS系列(FNN/FNS系列とのクロスネット局のTOSを含む)となっている。
  22. 5」はANN系列に多い番号であるが、福岡県ではそのKBCが福岡地区のアナログ親局と同じ「1」に引き継いだために「5」が空いていた。
  23. 8chといえばフジテレビのイメージが強いが、本局は日本で初めて8chを使用された送信所である。
  24. ただし、2018年1月より当分の間、日曜深夜のみ放送休止としている。
  25. 但し、初代ロゴが使われた頃は『RKB毎日』の呼称は使われていた。また、系列局のアナウンサーもある世代からは、この呼称を使用していた者もいた。(例、1967年にTBS入社した久米宏は『ザ・ベストテン』で、当局のことを、RKB毎日と発言したことがある。)
  26. 当時の東京12chの放送免許人は財団法人日本科学技術振興財団であり、MBSが財界と共同で番組制作会社として株式会社東京十二チャンネルプロダクションを立ち上げてネットワーク関係を結び、後に同社が東京12chの放送免許を財団から譲り受けてテレビジョン放送局に業種変更し、2度の商号変更を経て現在の株式会社テレビ東京となった。この関係で、2016年現在もMBSはテレビ東京ホールディングスの大株主である。
  27. 同時ネットすることもある。
  28. 福岡放送(FBS)北九州局の開局が、山口放送(KRY)関門局とのエリア調整に時間を要し、福岡放送(FBS)福岡親局および久留米局より5か月遅れで開局したため。
  29. オープニングの終了直後に表示された当時のスポンサー名はトクスイ。
  30. テレビ東京(当時・東京12チャンネル)と同様、日産自動車グループのスポンサードネットで昭和編のみ放送。里見編および松方編はテレビ東京の本放送から2週間遅れでの放送。
  31. 続編のソードアート・オンラインⅡはTVQで放送。第三期のアリシゼーション編は福岡地区では放送しない予定。
  32. 『テレビ神奈川の視聴者の皆さま、長い間ありがとうございました』 - tvk・森田浩康アナのBlog、2016年5月13日掲載、2016年6月20日閲覧
  33. 日本テレビでも特別クロージング(同局往年のジャンクション「鳩の休日」)の予告が行われた。
  34. 2012年の生中継における説明より。

外部リンク[編集]

Wikipedia-logo.svg このページはウィキペディア日本語版のコンテンツ・RKB毎日放送を利用して作成されています。変更履歴はこちらです。