ドグラ・マグラ

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「お兄さま。お兄さま。お兄さま…もう一度…いまのお声を聞かしてェ!」
「…お兄さま、お兄さま、お兄さま。なぜ、返事をしてくださらないのですか。あたしです。あたしです。あたしです。…あたしはお兄さまとの結婚式をあげる前の晩、その真夜中に、お兄さまの手にかかって死んでしまったのです。…でも生き返って、ここにいるんです。幽霊でもなんでもありませんよ…お兄さま、お兄さま、お兄さま…」

ドグラ・マグラ』は、夢野久作の小説作品。ジャンルは幻想文学、ホラー、変格ミステリ。『黒死館殺人事件』『虚無への供物』と並び、「三大奇書」(日本推理小説三大奇書)と称せられる。

タイトル

  • 謎めいたタイトル「ドグラ・マグラ」という言葉は、九州地方の方言で「切支丹伴天連」(キリシタンバテレン)を意味するものと作中で解説されている。詳しいことは明らかになっていない部分が多い。
  • 死霊』で有名な埴谷雄高氏は、以下のようなコメントを残している。(三一書房版夢野久作全集第6巻巻末解説対談より)

それからこの「ドグラ・マグラ」という言葉については本の中にちゃんと説明が出ていて、九州にはああいう言葉があるらしいけども、どうもほんとうにそうなのかという気がちょっとするんですけどね。(・・・中略・・・)そういうアナグラムというのが向うにあるらしいけど、「ドグラ・マグラ」にもなんとなくアナグラムみたいなものがあるんじゃないかという気がするんですがね。それでぼくも考えたが、解いてみると、どうもラ・グラン・ドグマ(大ドグマ)というふうに思えるわけですね。ただしドグマというのは調べてみたら男性名詞なんですね。だからラ・グラン・ドグマとなるんじゃちょっと変なんですけれど、しかしドグマがAで終わるから無理矢理ラにしてもいいとこじつけられる。ぼくの感じではなんとなくそういう風に解けちゃったんですけどね。アルセーヌ・ルパン式に解けば(笑)。

概要

「…あるお金持の一家の最後の血統に属する青年がおりました。復は頭脳明晰で、おとなしい性格でございました。滅びかかっている一家の血統を守るため、彼は自分を愛してくれている美しい従妹結婚することになりました。ところが、式の前夜に、青年は突如として夢遊病者のように行動し、その従妹を絞殺してしまったのでございます。しかも、美しい少女死体を眼の前に横たえ、平然とそれを写生し……」

1935年昭和10年)1月、松柏館書店より書下し作品として刊行され、「幻魔怪奇探偵小説」という惹句が付されていた。夢野久作は作家デビューした年(1926年)に、精神病者に関する小説『狂人の解放治療』を書き始めた。後に『ドグラ・マグラ』と改題し、10年近くの間、徹底的に推敲を行った。夢野は1935年にこの作品を発表し、翌年に死去している。

その常軌を逸した作風から一代の奇書と評価されており、「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす」とも評される[1]

あらすじ

大正15年頃、九州帝国大学医学部精神病科の独房に閉じ込められた、記憶喪失中の若き精神病患者の物語(と思われる)であり、「私」という一人称で語られていく。彼は過去に発生した複数の事件と何らかの関わりを有しており、物語が進むにつれて、謎に包まれた一連の事件の真犯人・動機・犯行手口などが次第に明かされていく。そうした意味では既存の探偵小説・推理小説の定石に沿っている。が、その筋立てが非常に突飛である。物語の骨格自体は非常にシンプルなものだが、冒頭に記された巻頭歌のほか、胎内で胎児が育つ10か月のうちに閲する数十億年の万有進化の大悪夢の内にあるという壮大な論文「胎児の夢」(エルンスト・ヘッケル反復説を下敷きにしている)や、「脳髄は物を考える処に非ず」と主張する「脳髄論」、入れられたら死ぬまで出られない精神病院の恐ろしさを歌った「キチガイ地獄外道祭文」などの肉付けがされている。まともに要約することは到底不可能な奇書とも言われる所以である。

主人公とも言うべき青年が「ドグラ・マグラ」の作中で「ドグラ・マグラ」なる書物を見つけ、「これはある精神病者が書いたものだ」と説明を受ける場面では、登場人物の台詞を借りて、本作の今後の大まかな流れが予告されており、結末部分までも暗示している。このことから、一種のメタフィクションとも評し得る。また、その結末は一つの結論を導き出しているものの、あくまでも「主人公がそう解釈した」というだけで、それ以外にあり得る様々な解釈を否定するものではない。

以上のことから、便宜上「探偵小説」に分類されているものの、そのような画一的なカテゴリには収まらない。一度の読了で作品の真相、内容を理解することは困難である(上記の「ドグラ・マグラの作中のドグラ・マグラ解説シーン」でも「内容が複雑なため読者は最低二度以上の再読を余儀なくされる」と語られている)。

登場人物

前述の通り、この物語を要約することは難しく、登場人物を明確に記すことも困難である。よって、ここでは外面上に出た特徴を記すに留める。ここに記された情報は小説中で覆される可能性があり、またそのため断定的な説明はしていない。

「ドグラ・マグラ」の語り部の青年。眠りから目覚めたのち、若林鏡太郎と名乗る男から、ここは九州帝国大学の精神病科の病室であると聞かされる。自身は記憶を失っており、自分の名前すらわからない。若林博士の言葉によると、呉一郎が起こした二つの殺人事件の謎を解く鍵は彼の失われた記憶の中にあるらしい。次第に、自分は呉一郎ではないかと思い始めるのだが……。
呉 一郎(くれ いちろう)
この物語の鍵となる最重要人物。20歳。
呉 モヨ子(くれ もよこ)
呉一郎の従妹にして許嫁の美少女。「私」の隣の病室に入っている狂少女こそがモヨ子だ、と「私」は聞かされる。
呉 八代子(くれ やよこ)
呉一郎の伯母で、モヨ子の母。
正木 敬之(まさき けいし)
九州帝国大学精神病科教授。従六位。「狂人の解放治療」なる計画の発起人。学生時代から常人の理解を超越した言動で周囲を驚かせてきたが、すべては「狂人の解放治療」を見据えてのことだったらしい。若林博士の言葉によると、「私」が目覚める1ヶ月前に自殺したらしいのだが…。
若林 鏡太郎(わかばやし きょうたろう)
九州帝国大学法医学教授。正木教授とは学生時代の同級生。「私」の記憶が戻るようにと色々と取り計らってくれている。
呉 青秀(ご せいしゅう)
呉家の祖先で、時代の画家。若くして天才と称せられた。玄宗皇帝をいさめるために、新婚を絞殺し、その死体をヌードモデルにして絵巻物(いわゆる九相図)を描くという途方もない行動に出る。しかし、妻の肉体は絵の完成よりも早く腐敗していった。呉青秀は、ついには墓をあばいて他の美女たちの死体を手に入れ、狂ったように描いた。その絵巻物が、事件の鍵となる。
芳黛(ほうたい)
呉青秀の妻。17歳。夫に殺害され、九相図ヌードモデルとなる。
芳芬(ほうふん)
黛の妹。呉青秀の子を身ごもる。

影響を受けている作品

『ドグラ・マグラ』は多くの作品に影響を与えている。以下は、影響を受けている(と思われる)作品の一覧。

ネタ

ドグラ・マグラ関連でいえば、Yahoo!知恵袋のこの名回答もけっこう有名である。

関連書籍

漫画
解説本

関連項目

関連リンク

  • 角川文庫版の裏表紙の文章より。なお、横溝正史は1977年に小林信彦との対談で、対談のために読み返して気分がヘンになり夜中に暴れたと述べており、同席した夫人も首肯している。