東京モノレール

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東京モノレール

東京モノレール株式会社(とうきょうモノレール、英称:Tokyo Monorail Co., Ltd.)は、東京都モノレール路線を有する鉄道会社

旅行斡旋業駐車場事業などもおこなっている。筆頭株主東日本旅客鉄道(JR東日本)で同社の経営権下にある。

Suica発行事業者であり、全線でSuicaとPASMO東海旅客鉄道(JR東海)のTOICA西日本旅客鉄道(JR西日本)のICOCAが使える。同社発行のSuicaカードは「モノレールSuica」という名称を持つ。カードの色はオレンジである。競合公共交通機関は京浜急行電鉄(鉄道、バス)、東京空港交通(バス)である。

沿革[編集]

路線の沿革の詳細、車両・ダイヤの変遷参照

  • 1959年(昭和34年)8月7日 - 大和観光株式会社設立。
  • 1960年(昭和35年)6月 - 日本高架電鉄株式会社に商号変更。
  • 1963年(昭和38年)5月 - 浜松町 - 羽田間の工事着工。
  • 1964年(昭和39年)
    • 5月 - (初代)東京モノレール株式会社に商号変更。
    • 9月17日 - モノレール浜松町駅 - (旧)羽田駅間開業。
  • 1965年(昭和40年)12月 - 名古屋鉄道が東京モノレールの経営から撤退する。
  • 1967年(昭和42年)11月1日 - 日立運輸株式会社、(初代)東京モノレール株式会社、西部日立運輸株式会社の3社が合併(存続会社は東京モノレール株式会社)し、日立運輸東京モノレール株式会社に商号変更。同時に日立グループ入り。
  • 1981年(昭和56年)
    • 4月13日 - 子会社として(2代目)東京モノレール株式会社設立。
    • 5月1日 - (2代目)東京モノレール株式会社にモノレール事業を譲渡し、物流部門は日立運輸株式会社(のちに株式会社日立物流)に商号変更。
  • 1993年(平成5年)9月27日 - 整備場駅 - 羽田空港駅間開業。整備場駅 - (旧)羽田駅廃止。
  • 2002年(平成14年)
    • 2月 - 日立物流が株式をJR東日本に70%、日立製作所に30%譲渡。JR東日本が筆頭株主になり、JR東日本傘下入り。
    • 4月21日 - Suica導入。
    • 8月20日 - 各駅にホームドア設置。9月28日からワンマン運転開始。
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      昭和島駅3・4番線に設置されているホームドア
    • 12月 - 日立製作所が日本航空に9%、全日本空輸に9%株式を一部譲渡、日立製作所の株式所有率は12%に。
  • 2004年(平成16年)12月1日 - 羽田空港駅 - 羽田空港第2ビル駅間開業。羽田空港駅は羽田空港第1ビル駅へと改称。
  • 2007年(平成19年)3月18日 - 昭和島駅待避線が完成し、『空港快速』と『区間快速』の運行を開始した。
  • 2010年(平成22年)10月21日 - 羽田空港国際線ビル駅開業。
  • 2014年(平成26年)8月19日 - 国土交通省交通政策審議会の小委員会で、東京駅までの路線延伸計画を説明[1]

路線[編集]

都心東京国際空港(羽田空港)を結ぶ公共交通機関として、東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)に開業した。京浜急行電鉄の鉄道線や京浜急行バス東京空港交通のバスなどと極めて激しい競合関係にある。

所有車両[編集]

10000形

東京モノレールは日立グループとの係わりが強く、すべての車両は主要株主でもある日立製作所製となっている。

なお、2014年度より新型車両10000形電車を導入することが発表された[2]。同形式は「スマートモノレール」を設計コンセプトとして[2]、車体のカラーリングは「緑豊かな沿線をイメージしたグリーン」と「空と海をイメージしたスカイブルーとブルーのグラデーション」の2系統の色を配したものとされる[2]。車内は「和のおもてなし」をコンセプトとしたデザインとなる予定で[2]、その他スーツケース置き場の拡充や無線LANサービスの提供などが実施される[2]。10000形は2014年7月より6両編成1本が運用を開始し、経年20年を超過し老朽化が進行した1000形を順次代替する予定である[2]

現用車両[編集]

過去の車両[編集]

運賃[編集]

大人普通旅客運賃(小児半額・ICカードの場合は1円未満切り捨て、切符購入の場合は10円未満切り上げ)。2014年4月1日改定[3]

キロ程 運賃(円)
ICカード 切符購入
初乗り0.1 - 1.5km 154 160
1.6 - 4.5 195 200
4.6 - 7.5 267 270
7.6 - 10.5 340 340
10.6 - 13.5 411 420
13.6 - 17.8 483 490

羽田便が発着する日本各地の空港(新千歳伊丹関西福岡那覇空港など17空港)や北海道旅客鉄道の一部駅(札幌駅など)でも羽田空港第2ビル駅・羽田空港第1ビル駅を発駅とする東京モノレール線乗車券を取り扱っており[4]、航空便で東京へ向かう前に購入できるようにしている。これは京急線も同様であり、羽田空港の地上交通旅客争奪戦は出発前から始まっている。

1964年(昭和39年)開業時の「浜松町 - 羽田」間13.1kmの運賃は大人250円(小児130円)で所要時間は約15分だった。この運賃は当時の日本国有鉄道(国鉄)の11 - 14kmの区間の運賃(大人40円)と比較しても6倍以上も高く、初乗り運賃(20円)の12.5倍もする高額さであった。参考までに浜松町駅から当時の国鉄運賃250円で行ける駅は、神奈川県小田原市東海道本線根府川駅 (87.4km) だった。

このため人数が4名以上の場合はモノレールを使うよりタクシーを使ったほうが安かった。これほど運賃が高額になった理由は、建設にあたり国から一切の融資を受けられなかったことによる。通常、このような鉄道建設を民間が行う場合は国から長期低金利の政府資金融資が受けられることが多い。東京モノレールは国からそのような融資を受けることができなかったので建設費用のすべてを民間の金融機関から借金して作った。そのため、高度経済成長当時の民間金融機関は金利がきわめて高く、しかも政府融資がない(言うなれば100%自己資金で建設した)などの事情を考慮した運輸省(現・国土交通省)は東京モノレール側から申請された「運賃・大人250円」の案を認めざるを得なくなり、このようなきわめて高額な運賃が採用された[5]

企画乗車券[編集]

モノレール羽割往復きっぷ
800円(こども半額)。発売日から10日間有効。通常、浜松町 - 羽田空港各駅間は往復980円かかるが、このきっぷを使用すると180円割引となる。以前は常備券のみの扱いだったが、現在は他の乗車券同様、自動券売機でも購入できる。
モノレール&山手線内割引きっぷ
羽田空港各駅から浜松町経由(乗り換え)でJR東京山手線内の各駅まで500円(こども半額)で利用できる。池袋・目白・高田馬場まで利用すると250円割引となる。発売日当日限り有効。発売期間および利用日は、土曜・日曜・祝日やゴールデンウィーク・夏休み・年末年始などに限定されている。(2014年度は3月最終週と6月の毎日も利用可能)
東京モノレール沿線お散歩1dayパス
東京モノレール線1日乗車券。700円(こども半額)と安いため、浜松町 - 羽田空港各駅間を往復するだけでも元をとることができる。

マスコットキャラクター[編集]

MONOKO
2004年(平成16年)に出現した、ネコミミ少女のキャラクター。いわゆる萌え系の美少女で、公式値は無いが見た目では巨乳
元々は浜松町駅で発行されている駅作成の告知パンフレット「モノレール情報帳」および駅製作ポスターに、駅員が描いたもので、東京モノレール公式のものではなかった。
登場直後は、髪の色や髪型が一定せず、また衣装はメイド服で、その時々で意匠が異なっていた。また眼鏡を着用していることもあったようである。
その後、モノレール利用者からこのキャラクターの情報がWebサイト上に公開され、また東京モノレールへの問い合わせも相次いだことから、東京モノレールの公式マスコットキャラクターに“昇格”した。これに伴い、2005年(平成17年)に名称の一般公募が行われ、4月1日に正式に「MONOKO」に命名された。
これに伴い、髪型はボブカットに近いショートカット、髪の毛及びネコミミの体毛は栗毛になり、衣装は東京モノレールの制服をアレンジしたものに変更された。ただし、「モノレール情報帳」にはメイド服姿で登場することが時折見られる。
2010年現在は東京モノレールの公式サイトでは見ることはできない。
モノルン
青い鳥の男の子。2012年7月から9月にかけて名称を公募し、10月10日に「モノルン」と発表された[6]

その他[編集]

建設時の逸話については「東京モノレール羽田空港線#歴史」も参照

  • 営業運転開始前日の1964年(昭和39年)9月16日に浜松町駅にて開業記念式典が開催され、関係者約300名とマスコミ多数を集め河野一郎オリンピック担当大臣、松浦周太郎運輸大臣、犬丸徹三社長らがテープカットをおこなった。
  • 開通当初は浜松町駅 - 羽田駅(現・天空橋駅)間13.1kmを最高速度100km/hでノンストップで走った[7]
  • 当初は始発・朝6時20分から終電・夜10時50分まで上りと下りを合わせて合計206本が約7分間隔で運行された。
  • 建設当時は海岸線や海上、運河沿いなど地形が複雑で地盤も軟弱で工事は難航し、特殊な工法で建設され開業した。
  • 日立運輸東京モノレール時代には、日立グループの一員として、「日立の樹CMにもロールで流れていた(第1代:1973年 - 第5代:1984年、第7代:1989年 - 2001年頃)[8]
  • 運転士の養成(動力車操縦者免許取得)は、研修所を持つ他鉄道会社に委託している。委託先は京王電鉄などの普通鉄道である。現在はJR東日本総合研修センター福島県白河市)で学科教育を受ける。免許取得後、改めて自社線にて必要な訓練は受けている。
  • フランスのタイヤメーカー・ミシュランは東京モノレールの車両向けゴムタイヤを納入したことがきっかけで日本に本格進出を果たした。

参考文献[編集]

  • 佐藤信之「鉄道・軌道プロジェクトの事例研究 29 開業40周年を迎える 東京モノレール」

脚注[編集]

  1. モノレール、東京駅まで延伸構想 羽田まで6分短縮.東京新聞.(2014年8月20日).2014年8月21日閲覧。
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 東京モノレール、17年ぶりの新型車両「10000形」導入…2014年7月運行開始へ - Response. 2013年9月10日(火) 17時57分配信
  3. 鉄道旅客運賃の認可および改定についてPDF  - 東京モノレール、2014年3月5日(2014年4月9日閲覧)
  4. 京浜急行・東京モノレール券売機
  5. 朝日新聞昭和39年9月21日記事
  6. 東京モノレールのキャラクターを「モノルン」に決定!PDF  - 東京モノレール、2012年10月10日
  7. 朝日新聞昭和39年9月17日・朝刊の10面・東京モノレールの全面広告の記載による。
  8. 日立の樹オンライン

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • 東京モノレール - 各駅の施設や構造の図示、時刻表、運賃などについてのQ&A集、などがある。