小林拓矢

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小林 拓矢(こばやし たくや、1979年(昭和54年)4月11日[1] - )は日本ジャーナリストフリーライター)である。

略歴[編集]

山梨県甲府市出身。駿台甲府高校早稲田大学教育学部卒業[1]。卒業後2度の一般企業勤務を経てフリーライターに転身。その後輸送新聞社に就職するも短期で退職し、再びフリーライターに戻る。現在多くの著書にて執筆を行なっている傍ら、個人ブログ「他山の石書評雑記」にて持論を展開している。

人物[編集]

尊敬する人物は本多勝一。フリーライターに転身後は同氏が創刊した「週刊金曜日」にて「人体の不思議展」問題等を寄稿している。また、同氏がかつて記者として在籍した朝日新聞社の面接にて尊敬する人物として同氏の名前を挙げている。但し面接で朝日新聞に関連する記者の名前を挙げるのはタブーとされており、それが原因で不採用となってしまった[2]

大学時代に経験した就職難や一般企業勤務時代に受けたパワーハラスメントおよび不当解雇の経験をもとに[2]就職氷河期(失われた世代)に関連する執筆を行うことが多い。趣味は鉄道であり、大学時代は早稲田鉄道研究会に所属していた。

出身地である山梨県の県民性についてはブログで「閉鎖的である」と苦言を呈しており[3]、特に地元新聞誌である山梨日日新聞については記事・社説盗用問題が発覚した時「山梨日日新聞は日本最低の地方紙」のエントリーで激しく批判し、その怒りから「山梨県は長野県に合併されて、県民性を総入れ替えすべきだ。」と主張している[4]。一方で本多の出身地で、社説などにおいても週刊金曜日と思想が近い信濃毎日新聞についてはブログやツイッターで度々絶賛している。

主な執筆活動[編集]

ISBN 978-4-34-441330-6
  • 「アキバ通り魔事件をどう読むか!?」 (洋泉社、「加藤智大25年の半生・・・栄光の幼少期と苦難の青春期」の題名で執筆)[1]
ISBN 978-4-86-248315-7
  • 「日本人のお葬式 ~葬儀とお墓の本質を考える本」(洋泉社、「文化人の死に方とお葬式」の題名で古川琢也との共同執筆)[1]
ISBN 978-4-86-248676-9
  • 「大震災でネットはどう使われたか」(洋泉社、「「ソーシャルメディアは被災者をどう援けうるのか」の題名で執筆)[1]
ISBN 978-4-86-248676-9

脚注[編集]

外部リンク[編集]


ウィキペディア無し small.png
ウィキペディアにも「小林拓矢」の項目が執筆されていましたが、削除されてしまいました