相武台前駅

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相武台前駅(そうぶだいまええき)は、神奈川県座間市相武台一丁目にある小田急電鉄小田原線である。駅番号はOH 30

概要[編集]

相武台前(旧・座間駅)の設置のエピソードとして、当初の開通ルートは町田(旧・新原町田駅)から広野台方面(現・カレスト座間)付近を通り厚木方面に抜ける予定だったが、地域住民の要望もあり、開設時に小田原急行鉄道側より「7000坪を寄付すれば計画路線変更と駅設置に応じる」ということで村内(旧・座間村)から土地の寄付を募り、小田原急行鉄道も1500坪の土地を購入して現在地に鉄道の敷設および駅設置が行われた。そして変更に伴う海老名までのルートは当初旧市街(座間大通り)付近を考慮していたものの既に集落があったため反対運動が起こり、現在の本線ルートとなった。また当初は江ノ島線の当駅からの分岐計画があったが、多くの農業地に計画路線がかかることから当時山林の多かった現行のルートに変更となった。

開業当初は、小田原急行鉄道の貨車の工場、検車設備(相武台工場)を持つ駅として開業、1962年(昭和37年)の相模大野への統廃合まで機能していた。

1950年代後半までは農村地域でかつ米軍キャンプ等の関係者が利用する程度の駅であったが、当時の町の誘致等により南口方面に工場を誘致し様相を変えていく。1960年代からは日産自動車等の大企業の進出等により工業都市かつ、人口増加に伴い近郊都市の駅として変化をし、現在に至る。

東海地震警戒宣言が発令された場合、小田原線は新宿駅から当駅までの運行となり、当駅以西(小田原方面)は運行休止となる[1]

歴史[編集]

大日本帝国陸軍士官学校があった時代、駅舎内には、士官学校を視察する皇族のために、貴賓室が設置されていた。また、歴代士官学校長は、小田急線の新宿駅 - 本駅間を、来校時に利用したという。その一人に、沖縄戦玉砕した陸軍中将牛島満がいた。 1935年関東大震災復興のための相模川砂利運搬用に小田急砂利軌道が設置され、当駅は相模原市南区磯辺とともに発着駅であったが、1941年廃線となった。

  • 1927年昭和2年)4月1日 - 座間駅として開業。「直通」の停車駅となる。なお、各駅停車は、新宿駅 - 稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅)間のみの運行であり、当駅までの運行はなかった。
  • 1937年(昭和12年)
    • 6月1日 - 士官学校前駅に改称。
    • 9月1日 - 急行の停車駅となる。
  • 1941年(昭和16年)1月1日 - 相武台前駅に改称。
  • 1944年(昭和19年)11月 - 太平洋戦争の戦況悪化に伴い、急行の運行が中止される。
  • 1945年(昭和20年)6月 - 従来、新宿駅 - 稲田登戸駅間のみの運行の各駅停車が全線で運行されることとなり、各駅停車の停車駅となると同時に、「直通」は廃止される。
  • 1946年(昭和21年)10月1日 - 準急が設定され、停車駅となる。
  • 1960年(昭和35年)3月25日 - 通勤準急が設定され、停車駅となる。同時に、一部の通勤急行と急行の停車駅となる。
  • 1962年(昭和37年)10月19日 - 相武台工場廃止。
  • 1970年(昭和45年)7月 - 相武台前駅橋上駅舎化、供用開始。
  • 1971年(昭和46年)4月16日 - 相武台前駅駅ビル落成。
  • 1972年(昭和47年)12月1日 - 相武台前駅南口完成。
  • 1999年平成11年)7月17日 - 一部急行の停車を廃止し、急行は全列車通過となる。
  • 2001年(平成13年)3月 - 南北出口および改札階 - ホーム階のエレベーター供用開始(これに伴い駅舎の増築工事を行う)。
  • 2004年(平成16年)12月11日 - 区間準急が設定され、停車駅となる。
  • 2009年(平成21年)2月25日 - 行先案内表示器が設置され、使用を開始。

駅構造[編集]

島式ホーム2面4線を有する地上駅で、橋上駅舎を持つ。駅舎南側に電留線を備える。

1999年7月のダイヤ改正前までは朝と夕方に旧・日産座間工場の通勤客を目的とした急行列車の一部が停車したために下りホームには分割案内板Aが存在していたが、2008年平成20年)の時点では撤去されている。

駅舎南側にある留置線は、小田急電鉄の電気機関車・貨車の基地だった相武台工場の跡地である。同工場の大野工場への統合・廃止後も電気機関車・貨車は引き続き工場跡の留置線を基地として運用(月検査は海老名検車区が担当)され[2]、本線用電気機関車・貨車の全廃まで継続した。

下り列車で、ラッシュ時は当駅で急行の通過待ちをする各駅停車準急が多い。当駅止まりの終電間際の列車が平日・土休日2本存在する。

相武台前駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1・2 小田原線 下り 小田原箱根湯本方面
3・4 小田原線 上り 相模大野新宿千代田線方面

内側2線(2・3番ホーム)が主本線、外側2線(1・4番ホーム)が待避線である。

駅構内設備[編集]

利用状況[編集]

2013年度の1日平均乗降人員は38,869人である[4]座間市相模原市の市境付近に位置するため、両市の市民が利用する。近年の乗降人員・乗車人員の推移は下表のとおり。

年度 1日平均
乗降人員[5]
1日平均
乗車人員
1998年 21,709[6]
1999年 21,036[7]
2000年 20,728[7]
2001年 20,554[8]
2002年 20,760[8]
2003年 41,987 20,872[9]
2004年 41,317 20,730[9]
2005年 40,814 20,457[10]
2006年 40,357 20,230[10]
2007年 40,302 20,203[11]
2008年 39,977 20,047[11]
2009年 39,301 19,697[12]
2010年 39,160 19,597[12]
2011年 37,931 18,987[13]
2012年 38,110 19,075[14]
2013年 38,869

駅周辺[編集]

駅前北側を東西に行幸道路(県道51号)が通っており、北側は座間市との市境が入り組んでいるが大半が相模原市南区相武台の地域、南側が座間市相武台の地域となる。西方面には米軍施設(キャンプ座間)があり、住宅地と並存している。駅舎北側には駅ビル小田急マルシェ相武台Odakyu OXなどが入居。鉄筋5階建て)を備える。南口にも以前は大型店が出店されていたが撤退し、商業施設は数えるほどしかなく、住宅施設が大半を占め、東京、横浜方面からのベッドタウンとしての色が強い。1995年(平成7年)に座間市役所が移転し、最寄り駅となるが、駅前再開発や大々的な整備が行われることもなく昭和40年代半ばに駅前整備を行った状態をほぼ維持している。

かって、駅ビルは鉄筋10階建てで、下層階の1〜3階はOdakyu OXなどの店舗が入居する小田急ジョイフル相武台、上層階は小田急相武台アパートであったが、2011年6月末で1階部分のOdakyu OXを除く全店舗が駅ビル建て替えの為全て閉鎖となり(箱根そばは一旦閉鎖したものの、後に再オープンしている)、2011年11月に1階部分のOdakyu OXも駅前駐車場がある場所に建設された仮店舗へと一時移転した。現駅ビルは、2013年7月3日にオープンしている。

北口[編集]

最寄の公共機関

駅設備[編集]

  • エレベーターは改札階と北口を連絡する。
  • エスカレータは北口のみ設置されている。
  • 横浜銀行ATMコーナー(座間支店相武台前駅出張所)
  • 箱根そば

南口[編集]

駅設備[編集]

  • 売店
  • エレベーターは改札階と南口を連絡する。
  • エスカレータはない。

バス路線[編集]

相武台前駅
相武台前駅北口のロータリーに存在するバス停留所である。
相武台前駅南口

駅名の由来[編集]

駅所在地が「高座郡座間村」であったことから、「座間駅」として開業。その後、「陸軍士官学校本科」が座間村に移転されたのに伴い、「士官学校前」に改称された(なお、「座間村」は士官学校の移転で「座間町」に町制施行した)。その後、昭和天皇が「士官学校」の別名として「相武台」と命名し、駅名も「相武台前」と改称された。駅名改称の真の理由は、防諜上の問題であり、「士官学校前」だと、敵国が日本本土に攻撃を行う際、標的にされてしまうことから、士官学校の別名である「相武台」を名付けた[15]。帝国陸軍士官学校本科の跡地は、現在の在日米軍キャンプ座間となっている。

「相武台」ではなく「相武台前」なのは昭和天皇の命名した相武台をそのまま利用できなかった(軍部より軍施設に関してのみ相武台とするという指示があった)ためである。このため、士官学校が解体されると地名として広く用いられるようになり、駅周辺の座間市相模原市の地名は相武台となっている。

急行の停車要望[編集]

神奈川県鉄道輸送力増強促進会議は、2006年度小田急電鉄向け要望書にて、当駅への急行停車を要望している。これに対し、小田急電鉄は、「乗降人員および急行利用人員の減少」を理由に、停車させる計画はないとしている[16]。 ただし平日夕方以降の時間帯は一部の急行が相模大野から各駅停車となり当駅に停車している。

隣の駅[編集]

小田急電鉄
小田原線
快速急行・急行
通過
準急・区間準急・各駅停車
小田急相模原駅 (OH 29) - 相武台前駅 (OH 30) - 座間駅 (OH 31)

脚注[編集]

  1. 東海地震の防災対策 神奈川県
  2. 生方良雄諸河久 『カラーブックス530 日本の私鉄5 小田急』 保育社、1981年、85ページ
  3. 小田急電鉄 2008年度の鉄道事業設備投資計画 (3) 行先案内表示器の新設・更新PDF 
  4. 小田急電鉄「事業案内」
  5. 各種報告書 - 関東交通広告協議会
  6. 神奈川県県勢要覧(平成12年度)223ページ
  7. 7.0 7.1 神奈川県県勢要覧(平成13年度)225ページ
  8. 8.0 8.1 神奈川県県勢要覧(平成15年度)223ページ
  9. 9.0 9.1 神奈川県県勢要覧(平成17年度)225ページ
  10. 10.0 10.1 神奈川県県勢要覧(平成19年度)227ページ
  11. 11.0 11.1 神奈川県県勢要覧(平成21年度)241ページ
  12. 12.0 12.1 神奈川県県勢要覧(平成23年度)239ページ
  13. 神奈川県県勢要覧(平成24年度)235ページ
  14. 神奈川県県勢要覧(平成25年度)237ページ
  15. 同様の理由による駅名変更としては、同じく昭和15年の湘南電気鉄道軍需部前駅⇒安針塚駅などがある。
  16. 神奈川県鉄道輸送力増強促進会議 () 神奈川県鉄道輸送力増強促進会議 平成25年度の要望及び鉄道事業者の回答 小田急電鉄 PDF 6 [ arch. ] 2014-04-16

関連項目[編集]

外部リンク[編集]